新・ぐだぐだ日記Ⅱ



「いじめ」について~タブーに対する怯え

「いじめは社会に適合した行為」エントリでなんとなく書いた体でいるけど
いじめは現状あるものとして捉えなければならないと思っている。


今まで「いじめをなくそう」というキャッチフレーズの元、抑制しようとしてきた。
その結果は見事なまでに無様で、いじめの現状を明らかにできず
ただ押し隠しておくべきものになってしまった。


いじめをなくすために数値目標を掲げて、実態をいじめの解釈によってあやふやにしてしまった。
この教育行政の罪は深いと思う。
データを不正に操作した社会保険庁と同じ。

実際には目標を達成できない事におびえる馬鹿どもが悪いんだけど
失態を演じたら出世の道が閉ざされるおかしい行政の体制もある。
これからは事態の収拾、修復に評価の重点をおくべきだろう。


そもそも「いじめ」って「虐め」でしょう?
なんで平仮名にするかが分からん。常用漢字だろうに。
まあ常用漢字という定義すらいらんと思うけども。
いじめがどういうものか、漢字で表されているのに
それを平仮名にしてイメージが沸かないようにするのはおかしい。

被爆者を被ばく者と書いたり、なんだかなー。




最近話題の核武装論や憲法九条、あとは被保護者のセックスについてもそう。
タブーにして、目を瞑るってのは、事態の深化に歯止めをかけないという事なんだから。
世の中にはあるものとして対処しなければしょうがない事もあるんだと思いますよ。
いずれ根絶を目指すものでも、それを段階的に行うために
まずは現状を受け入れる必要性を強く感じる。
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by kudamb | 2006-10-21 10:01 | 日々生きてる人(日記)
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